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01 Daisy Bell

詞・曲:Harry Dacre
編曲・対訳:tamachang
[Vocoder, chipspeech(IBM 704 emulate), CYBER DIVA]

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歌詞

There is a flower within my heart, Daisy, Daisy!
僕の心の中に花がある デイジー(ヒナギク) デイジー
Planted one day by a glancing dart, Planted by Daisy Bell!
ある日かすめた矢に植えられた デイジー・ベルに植えられた
Whether she loves me or loves me not, Sometimes it's hard to tell;
あの人は僕を愛しているのかどうかときどきわからない
Yet I am longing to share the lot Of beautiful Daisy Bell!
でも僕は美しいデイジーのすべてを分かちたい

※ Daisy, Daisy, Give me your answer do!
デイジー デイジー 君の答えをおくれ ねえ
I'm half crazy, All for the love of you!
僕は半分おかしい すべては君への愛のせい
It won't be a stylish marriage, I can't afford a carriage,
カッコいい結婚じゃないだろう 僕は馬車を買うゆとりもない
But you'll look sweet upon the seat Of a bicycle built for two!
けれど2人乗りの自転車に乗った君はきっと愛おしい

We will go "tandem" as man and wife, Daisy, Daisy!
僕らは夫と妻として「2人乗り」で行こう デイジー デイジー
"Ped'ling" away down the road of life, I and my Daisy Bell!
人生の道の「ペダル」をこいで 僕と僕のデイジー・ベル
When the road's dark, we can both despise P'licemen and "lamps" as well;
道が暗くても僕らには警官や「ランプ」は要らない
There are "bright lights" in the dazzling eyes Of beautiful Daisy Bell!
「輝く光」がある 美しいデイジー・ベルの煌めく瞳の中に



I will stand by you in "wheel(weal)" or woe, Daisy, Daisy!
僕は君のそばにいよう 円(まど)かなときも苦しいときも デイジー デイジー
You'll be the bell(e) which I'll ring, you know! Sweet little Daisy Bell!
君は僕が鳴らすベル(指輪をはめる美人)
わかるでしょ 愛おしい可愛いデイジー・ベル
You'll take the "lead" in each "trip" we take, Then if I don't do well;
君は2人の「旅」の「導き」をする 僕がしくじったら
I will permit you to use the brake, My beautiful Daisy Bell!
君がブレーキをかけてもいい 僕の美しいデイジー・ベル

詞について

イギリスのソングライターであるハリー・ダクレ(Harry Dacre)が、1892 年に作詞・作曲した歌曲です。デイジーとは、ヒナギクのことなのですけれど、歌詞の中では、「デイジー・ベル」という女性の名前として登場します。デイジーに一目惚れした男が、デイジーについてあれやこれやと想いを巡らしているという内容です。

「ヒナギク(という名の女性)によって、自分の心中に恋の花が植えられた」と始まる歌詞は、随所に比喩や掛詞が散りばめられています。その名字であるベルも、自転車のベルや美女という意味のBelle に意味を重ねていたりと、かなり凝った作りになっています。

反面、楽曲の組み立てはシンプルで、当時の流行歌によくあったバース・コーラス形式で書かれています。バース・コーラス形式とは、異なる2つの旋律の組み合わせを反復する形式のことで、前半をバース(Verse:韻文の意)、後半をコーラス(Chorus:合唱の意)と呼びます。

古くは、この形式の楽曲が酒場などで実演されるときには、バースをプロの歌手が歌い、コーラスは、プロの歌手と観客とが一緒に歌っていたようです。そういうこともあって、「デイジー・ベル」のコーラス部分は一般の人にも覚えやすいように歌詞を同じにしているのでしょう。

さて、どうして、この楽曲をこのアルバムの初めに置くのかというと、この楽曲が歌声合成の歴史において特別な楽曲だからです。世界で初めてのコンピュータの歌唱は、1961 年にベル研究所において、IBM 704 というコンピュータによってなされました。そのときに歌われたのが、この「Daisy Bell」なのです。どうしてこの楽曲が選ばれたのかの経緯はよく知りませんが、おそらくはベル研究所の「ベル」にちなんだのでしょうか。

楽曲について

IBM 704 による歌唱の録音とされるものがYouTube にありまして、なるべくそれに似た音になるようにしてあります。コンピュータによる伴奏に合わせて、コンピュータが歌うというものです。けれど、その録音で歌われているのはコーラス(歌詞の※の箇所)のみでバースはありません。バース部分は編曲者が付け足しています。

1番のバースは、ボコーダー(Vocoder)による歌唱です。まずは、コンピュータが歌う以前の「人ではない声」が最初のバースを歌います。

ボコーダーとは、シンセサイザーなどの音を実際の人の声を使って変調するエフェクトの一種なのですけれど、もともとは、音声通信での音声圧縮を目的として開発された技術で、20 世紀の初めに登場した古い技術なのです。ボコーダーもまた、ベル研究所によって開発された技術で、そのノウハウがIBM 704 の歌唱にも応用されているのでしょう。(但し、この楽曲でのボコーダーの声はシンセサイザーの音に対して、ボーカロイドの歌声によって変調をかけているので人間の声は使われていません。)

続くコーラス部分は世界で最初に歌ったIBM 704 の声が歌います。とはいえ、これはIBM 704 の実機の音ではなく、カナダのPlogue Art et Technologie 社の「chipspeech」という往年の合成音声をエミュレートできるソフトウェアによる歌唱です。(IBM 704 は完全にゼロから音声を合成しているのですが、chipspeech は録音されたコンピュータの声の断片を並べ替えることで歌声を合成するサンプリング・ベースの音源のようです。)2番のバースは、IBM704 から半世紀近くを経て登場したボーカロイドによる歌唱です。続くコーラスは、IBM 704 とボーカロイドの斉唱。ここではボーカロイドの歌唱データをわざとシンプルなものにして機械的に歌わせています。

3番のバースもまたボーカロイドによる歌唱ですが、こちらは少し歌唱データに手を加えて人間らしくなるように歌わせています。そして、最後のコーラスは、IBM 704 とボーカロイドが2重唱をします。

ようするに、この編曲は、コンピュータの歌唱の歴史をなぞるようにボコーダー・IBM704・ボーカロイドの歌声を時系列のままに並べただけなのです。けれど、実際のその歌声を聴くと、その歌詞と相まってなにか不思議な感覚が私には湧き起こります。最新のコンピュータの歌声がボコーダーを使い古い歌を奏でる。と、その最初期のコンピュータの歌声が聴こえてくる。そして、最新のコンピュータの歌声と最初期のコンピュータの歌声がともに歌う。

その光景は、娘が父の面影を辿り、父の声とともに歌っているようにも思えてきます。そして、歌われる歌詞は「デイジー・ベル」という女性への恋。父たるIBM704 の歌う「デイジー・ベル」とは、娘たるボーカロイドの母なのかもしれない。とするとき、「デイジー・ベル」は、「機械を歌わせたいという願い」の暗喩のように思えてきます。「僕は半分おかしい」のはその願いによってなのです。そして、2人の乗る「自転車」は、コンピュータの隠喩。そのような奇妙な解釈をすると、歌詞全体が別の意味を帯びてくるのです。IBM704 の歌唱からボーカロイドという子が生まれ、そして、ボーカロイドもまた新たな「デイジー・ベル」に恋をするのでしょう。そうして、IBM704 と「デイジー・ベル」の遺伝子は受け継がれていくのかもしれません。

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